このたびは第24回湖医会賞を授与いただき、大変光栄に存じます。ただ、はじめに申し上げておかねばならぬことがあります。これまでに受賞してこられた諸先生方とは違って、私には臨床、研究、教育のいずれの分野においても、これといった業績がありません。国際貢献や地域医療への尽力といった、立派な行いをしてきたわけでもありません。
卒業後の25年を振り返りますと、自分が医師としてやってきたことは、重症に特化した救急診療、集中治療、病院前診療になります。これは好きで続けていることでもあり、他に能がなくてというところでもありましょう。強いてもう一つ挙げると、山や登山の領域で、救急医としての知識や経験を生かしながら多少活動しているというところでしょうか。改めて考えるとますます受賞にふさわしくない経歴であるような気もしてきますが、「山と救急」という幾分希少な組み合わせが偶然日の目を浴びた、ということでご容赦いただきたいと思います。
自分が進路を決めた頃、まだ医療界では救急医学、救急医療というものが確立、認知される過程にありました。そんな時期に迷いなく救急の世界に進むことができたのは、当時の救急部助教授であった故長谷貴將先生の存在があったからです。先取の精神と医局人的面倒見の良さが共存する先生と出会い、短い間ではありましたがその元で多くのことを学び、そして送り出していただいた結果、救急医としての自分があると思っています。
山と医療の狭間に踏み込むきっかけとなったのは、在学中のワンダーフォーゲル部在籍と、文部省登山研修所の大学山岳部リーダー研修会参加でした。国内の凍傷治療の権威であった故金田正樹先生との研修会での出会いが、15年以上後の再会、そして日本山岳ガイド協会のファーストエイド委員を引き継ぐ話につながるとは、重い荷物を背負ってひたすらもうダメ帰りたいと念じながら研修に参加していた当時の私は夢にも思っていませんでした。
そんなこんなで、現在も救急医として働く傍ら、山小屋の診療所のお手伝いをしたり、ガイド協会の研修を行ったり、プライベートで山を歩いたりという日々を送っています。これからも救急医療に携わりつつ、そこで得たものを山の世界に還元することで、今は亡き二人の師から頂いたものをお返ししていきたいと思っています。