武内 『臨床・福祉領域』

  滋賀医大に学ぶ学生の皆さんへのメッセージ

    武内 一

    (医3期 佛教大学社会福祉学部 教授/ウメオ大学客員研究員 )



 湖医会賞をいただき、本当に名誉なことと心からお礼申し上げます。そして、落ち着きのない人生を歩んできた私のようなものを推薦してくれた、前社会医学講座衛生学部門准教授で同級生の垰田さん、ありがとうございました。受賞に際して、私の歩んだ人生が何かしら在校生や若き医療人の皆さんのお役に立てばと思い、卒業後の話を書かせていただきたいと思います。

~島の小児医療~
 私は香川県小豆島の出身です。滋賀医大生の頃、島の町立病院で小児科医として働くのが自分の将来像でした。1983年に卒業後その夢を叶える道を考え、日常診療で当たり前に出会う疾患の診療を経験しようと大阪府堺市にある民医連の総合病院で小児科研修を始めました。当時はまだ現在のような臨床研修制度はなく、出身大学医局でのストレート研修が一般的でしたから、少数派の選択でした。
 今ほど医療の役割分担が明確でなかった時代だったため、私は細菌性髄膜炎の治療はもちろん、白血病や麻疹巨細胞性肺炎、急性心筋炎やインフルエンザ脳症など重症患児への対応もこの病院で経験しました。母校ということもあり、研修1-2年目の頃、患者の相談で当時の島田司巳小児科教授の元を訪ねたことがあります。その時私のために病棟回診をしていただき、母校のありがたさにジーンとなった記憶は今も鮮明です。
 1995年に初心を貫き、小豆島の町立病院小児科開設のため島に戻り4年間勤務しました。町内ほぼすべての子どもたちを診るため、自分の診療スタイルがイコール地域全体の診療のあり方となります。そんな4年間で、今も小児外来診療の現場で注意すべき侵襲性細菌感染症の原因菌である肺炎球菌の抗菌薬耐性を減らせる思いがけない経験をしました。この事実に共感してくれた小児科医の仲間が集まって、小児上気道炎及び関連疾患に対する抗菌薬適正使用のためのガイドライン作成が始まりました。外来小児科学会挙げてこの取り組みを応援いただき、学会が推薦する小児外来診療における指針となり、抗菌薬の適正使用が小児科医の間で急速に広がる大きな変化につながりました。

~医療は患者と共にある~
 その後再び堺の病院に戻りますが、この外来診療ガイドラインづくりを通じて、特に小児の細菌性髄膜炎の最も重要な原因菌であるインフルエンザ菌b型(Hib)の早期診断の困難さが明らかとなり、抗菌薬適正使用ガイドラインの限界も感じるようになりました。つまり、症状からも白血球数などの炎症所見からも髄膜炎の早期診断が難しいのです。この問題を解決するにはワクチン導入しかない。2006年髄膜炎を予防するHibワクチンなどの日本への導入の遅れに関して新聞取材を受けました。その記事をもって髄膜炎の後遺症と向き合うお子さんを連れた一人のお母さんが、私の診察室を訪れました。この母子と細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会(Japan Child Meningitis Organisation=JaCMO)を立ち上げ、髄膜炎の主要な原因菌であるHibと肺炎球菌の重症感染症を予防するワクチンの定期接種化をめざす運動に足を踏み入れました。国会内学習会や厚労省交渉を重ね、集めた署名の合計は20万筆を超えました。この活動はマスコミからも注目され、私たち草の根からの声も政治判断への後押しとなって2011年1月からHibワクチンと小児用肺炎球菌ワクチンの公費での接種が実現し、2013年4月より定期接種となりました。医療は患者と共にある、その思いを確信できるJaCMOでの活動は今も続いています。

~社会小児科学~
 医療現場での経験は、これら髄膜炎に関わるワクチンの定期接種化への運動だけでなく、社会の抱える格差と貧困という子どもの未来を奪う問題の解決を考える思いにつながり、縁あって佛教大学社会福祉学部の教員としての研究活動に発展しました。2009年、52歳で臨床医から研究者への遅い転身ですが、医療と福祉をつなぐ分野を拓くには自分が適任だとの思いでチャレンジし、今に至っています。
 子どもの貧困問題を医療の分野から全国の小児科を標榜する医療機関との共同研究を通じて貧困問題に関わる情報を発信してきました。日本の子どもの貧困問題を国際的な視野から考えたいと、旧知のスウェーデンの小児科医の仲介で2017年に1年間、勤務する大学から生活保障を得てスウェーデン・ウメオ大学医学部で学べる機会に恵まれました。海外で生活して海外から日本をみる、この経験は視野広く子どもの権利を考える必要性への気づきとなり、「ありたい」「なりたい」子どもたちの未来を保障するアプローチの重要性への理解の深まりとなり、COVID-19禍にある子どもたちの権利保障に海外の研究者と共に取り組むことが、今後の研究テーマとなっています。今の私は、医療と社会・福祉の関係を考える「社会小児科学」という学問分野を強く意識しています。

~滋賀医大とウメオ大学~
 実は、スウェーデンの皆さんは本当に日本が大好きで、現地で過ごした2017年は、スウェーデンと日本の学術交流150年の節目の年でもありました。ウメオ大学で私の研究活動を指導いただいた教授が、医学部国際部門担当の責任者になられた縁もあって、滋賀医大とウメオ大学医学部との交換学生の流れにつながっています。COVID-19パンデミックで2020年には事業はスタートできませんでしたが、滋賀医大とWHOのテドロス事務局長を輩出したウメオ大学医学部との交流の進展に大いに期待しています。

~「ありたい」「なりたい」未来~
 私の卒業後を振り返ってみました。改めて思うのは、人との縁が私の人生を紡いでくれてるんだ、ということです。もっと言えば、人との出会いが私の人生そのものだと言えます。出会いは偶然でもありますから、人生は思い描いたようには積み上がらないとも言えますね。でも、こんな生き方もありなんだ、そんなふうに思っていただければ幸いです。
 皆さんの未来は、皆さんが思うよりもっと自由で豊かに広がっています。人とのよき出会いを大切にしてください。そして、皆さんの思い描く「ありたい」「なりたい」未来を大切に持ち続けてください。

    【プロフィール】
1983年 3月
滋賀医科大学医学科卒業
1983年 4月
耳原総合病院小児科研修及び常勤医勤務
1988年
重症心身障害児施設 第一びわこ学園
1989年
デンマーク 障害児施設群バンゲデフーセ及びコペンハーゲン大学医学部小児科短期研修
耳原総合病院小児科科長のち部長
1995年
国保内海病院小児科部長
1999年
    
耳原総合病院小児科部長のち副病院長
2006年10月
細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会(JaCMO)副代表
2009年 4月
佛教大学社会福祉学部教授
2009年
日本外来小児科学会理事
2015年
佛教大学社会福祉教育開発センター センター長
2016年 8月
日本社会医学会評議員
2017年 4月
スウェーデン ウメオ大学 疫学とグローバルヘルス研究科 客員研究員(教授)
2018年11月
すべての人への子どもの健康情報(子どもの健康と権利 CHIFA)運営委員
2019年 5月
日本社会医学会理事
現在に至る