斯波 『臨床・福祉領域』

  家族性高コレステロール血症とともに

    斯波 真理子

    (医4期生 国立循環器病研究センター研究所病態代謝部部長
        再生医療部部長(併任))



 このたびは、栄誉ある第13回『湖医会賞』に選出していただき、どうもありがとうございます。今回は対象となりました研究は、これまで私を育ててくださった多くの先生方、国内外の共同研究者、スタッフ、そして多くの患者様のご指導、ご協力の賜物であり、深く感謝いたしております。また、ご推薦くださった渡邉聡枝先生、選考委員の先生方にも厚くお礼申し上げます。渡邉先生は、ご自身の病院の設立の極めて多忙な時期に、推薦のお手続きをいただきましたことを、重ねて感謝いたします。受賞に際しまして、家族性高コレステロール血症の研究を中心にこれまでを振り返ってみたいと思います。

~滋賀医科大学にて~

 私がコレステロールに興味を持ち始めたのは、滋賀医科大学在学中の生化学の鏡山先生の授業がきっかけでした。コレステロールは、細胞膜の成分になるだけではなく、ステロイドホルモンになったり、胆汁酸となったりするなど、身体の中で代謝されながら利用される事実を勉強し、とても面白く感じました。卒業後は、代謝疾患を専門とする当時の第3内科に入局し、同時に大学院に進学させていただきました。臨床研修と同時に基礎研究を始めさせていただき、LDL受容体経路に対するインスリン作用等の研究に従事いたしました。特に基礎研修に強く惹かれるものがあり、大学院修了時にはさらに本格的な基礎研究を行いたいと思うようになりました。

~国立循環器病研究センター研究所にて~

 コレステロール研究のメッキである国立循環器病センター研究所の山本章先生の門を叩きました。研究室においては、理学博士である田嶋正二先生(現大阪大学蛋白研教授)の厳格な指導を受け、研究の基礎を教えていただきながら、一方で家族性高コレステロール血症(FH)ホモ接合体やヘテロ接合体を中心とした臨床にも従事させていただきました。FHは、生下時より高LDLコレステロール血症、皮膚や腱黄色種を示し、若年性動脈硬化症により、心筋梗塞などの重篤な疾患を引き起こす遺伝病です。特にFHホモ接合体は重篤であり、スタチンなどのコレステロール低下薬は効果がないため、LDLアフェレシスという体外循環を用いる治療が必要です。FH診療に携わる中で、LDLコレステロール値が著明に高値、皮膚や腱に巨大な黄色種があることなど、家族性高コレステロール血症ホモ接合体と症状が同じでありながら、皮膚線維芽細胞においてLDL受容体正常である家系を見つけ、その病態解析結果を報告しました。これが、Autosomal Recessive Hypercholesterolemia(ARH)の世界最初の報告となりました。この病気の原因が明らかになるまでに13年間を要しましたが、最終的にLDL受容体のアダプター蛋白をコードにする遺伝子(LDLRAP1)の変異であること、その遺伝子変異を持つマウスを作成して、高LDLコレステロール血症を再現することができ、さらにLDLRAP1の機能を明らかにすることができました。

~FHに対する医療費、啓蒙について~

 先述しましたLDLアフェレシス治療は、既に保険適応にはなっていましたが、それでも医療費が極めて高いことが患者さんの負担になっておりました。そこで、FHホモ接合体の患者さん達を中心に、患者会を作成して活動し、最終的にはFHホモ接合体を特定疾患として認可していただき、患者さんの医療費負担の大幅な軽減に貢献することができました。

 FHヘテロ接合体は300人~500人に1人という高頻度に認められ、若い年齢から動脈硬化が進行し、心筋梗塞などの重篤な病態を引き起こしてしまいます。まだ日本においては認知度が低く、見逃されている例が多いです。動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012では、FHの正確な診断と適切な治療に重点が置かれ、新しいFHの診断基準の作成やガイドライン作成に携わらせていただき、FHについての啓蒙に努めていきます。またNHKの「ためしてガッテン」にもFHを取り上げていただき、一般の方々にも知らせる機会をいただきました。

~新しい薬剤の開発~

 脂質低下薬として使用されている薬剤ではコントロールできないFH患者さんのために、現在、新しい薬剤の開発を行っています。通常の低分子化合物では効果が期待できない標的分子について、私たちは大阪大学薬学部の小比賀教授発案の新規革新的核酸医薬の臨床応用への基礎研究を行い、シーズ化合物の選択に成功し、前臨床研究のための厚生労働科学研究費をいただくことができました。これから3年間で前臨床試験を行い、その後、臨床試験に入る予定です。

~最後に~

 これまでご指導、ご協力いただいた多くの方々に深く感謝しつつ、今後も研究に邁進したいと思います。

    【プロフィール】
1984年 3月
滋賀医科大学医学部医学科卒業
1984年 4月
滋賀医科大学第三内科入局
滋賀医科大学大学院医学等研究科博士課程入学
1988年 3月
              〃    修了医学博士号取得
1988年 5月
国立循環器病センター研究所レジデント
1991年10月
科学技術特別研究員
1994年10月
国立循環器病センター流動研究員
1995年 5月
国立循環器病センター研究所循環動態機能部室員
1996年 7月
研究休職
米国ケースウェスタンリザーブ大学医学部生化学教室留学
1998年 9月
復職
2002年 4月
国立循環器病センター研究所バイオサイエンス部室長
国立循環器病センター動脈硬化代謝内科医長併任
2011年 4月
国立循環器病センター研究所病態代謝部 特任部長
2013年 4月
国立循環器病センター研究所病態代謝部 部長
再生医療部 部長併任 糖尿病・代謝内科 部長併任
現在に至る